ご質問内容を整理してみます。
①タミフルを使いすぎているという事実は、医師会の意向か?
②タミフルを使いすぎると新型インフルエンザウイルスの変異を促進して、耐性ウイルスができやすくなるのか?
③②が起こると怖いが、どうすればよいのか?
これでよろしいでしょうか?
勝手に、いいよ とこたえていただいたとして、以下に私の考えを述べます。
①インフルエンザと診断するとすぐタミフルを処方するのは、たしかに日本の特性のようです。アメリカの10倍とか。
この原因は、大きく分けて3つあります。
ひとつは、日本では薬がとても安く手に入る保険医療制度があるからです。保険の種類と年齢によって変わりますが、薬の値段は実際の値段の1~3割で買えるので、保険証をほとんどの人がもっている日本では、タミフルのように価格が高めの薬でもやすく手に入ってしまうので、患者側も欲しがるのが要因のひとつです。アメリカには日本のような国民皆保険制度はないので、所得の低い層はタミフルが高くて買えないという事情もあるのです。メキシコで発生した今回の新型インフルでも、メキシコで死者が多いのは、低所得者層が症状が重くなるまで医者にかかれなかったためだといわれています。
ふたつめは、医師が薬を出すことでサラリーを得ているという事情です。病院経営は、入院日数を短くしろという国の方針で経営が厳しくなっています。一方、外来診療の収益は診察料と投薬量ですが、診察料は回数で決まってしまいますから、一日10倍の患者を診るなどとても不可能です。となると、料金が増やせるのは投薬です。つまり、高い薬を出すほど、利益が上がるわけです。タミフルがとても高価な薬というわけではありませんが、ほかにインフルエンザに効果がある薬がすくない状況なので、薬価の設定は高い方です。となると、なるべく処方箋を出したいという理由がわかりますね。
3つ目は、患者が欲しがるという事実です。日本では、インフルエンザにはタミフルが効くという情報がみんなに回っています。どういう使い方をすれば効くのかについては真剣に考えもせずに、インフルエンザだ、タミフルだ・・・ というメチャクチャ単純な発想で患者側もタミフルを出して欲しいと医師に申し出ることが多いのです。
けっこうコワイ副作用もある薬なのに、安易に使われている理由には、お金と、発想の貧困さが絡んでいると思っています。必ずしも医師会だけの仕業ではないですね。むしろ、国の方針がしっかりしていないことに原因があると思います。つまり、タミフルについても無駄に使わないよう、しっかり指導する姿勢がかけていると思うのです。
②タミフルを多用するとインフルエンザウイルスの変異を促進するかというと、そうとは言い切れません。
インフルエンザウイルスは人の細胞の中に入って、その細胞を工場にして増殖し、再び細胞の外に増えたウイルスの粒を放出するという仕組みで増えていきます。このとき、細胞の中で増えたウイルスが外に出るために使われる酵素を働かなくするのがタミフルです。
つまり、タミフルが適切な時期に投与されると、感染したウイルスが増えたとしても細胞の外に出られないので、結果としてウイルスが体の中にあふれていかない。だからインフルエンザの症状がひどくならないまま治まる。という流れになります。
ですから、適切な使い方をしてタミフルが効いているときは、ウイルスが変異しようが増えて出てこられないわけですから、問題は起こりません。
ではなぜ、ご質問にあるような耐性ウイルスが出てくるという発言があるかというと、それは、タミフルが効かないのにタミフルを安易に使った場合をさしているのです。
タミフルは、インフルエンザウイルスのタイプによっては、効果が低いこともわかっています。そういうタイプのウイルスでインフルエンザ症状を起こした人にタミフルを与えたときのことを考えて下さい。その患者さんは、もしかするとタミフルの効くタイプのインフルエンザウイルスも感染しているかも知れません。つまり、2種類のタイプが複合感染しているケースです。これは決してまれなことではないのですが、そういう場合、ウイルス同士で遺伝子の交換が行われて変異が起こると、本来タミフルが効いていたはずのウイルスが効かないウイルスの遺伝子をもらうことで、新しい第三のウイルスに変身・・・ということが起こります。つまり、タミフルがある環境の中で、タミフルに強いウイルスが産まれてくる場を与えてしまうことが起こります。
もっと単純に、タミフルという嫌いなものがあるところでも耐えられるウイルスに変化するということもあるのですが、どちらにしても結果は同じで、タミフルが存在するからそれに対抗するウイルスが発生してくる、という現象は起こりうるのです。
つまり、タミフルの乱用でタミフルの効かないインフルエンザウイルスが発生する可能性があるという意味で、ご指摘のような発言が出ているのです。
③さて最後になりますが、②のようなことが起こることはないとは言い切れません。それどころか、夏場はおさまっているだろうけれど、その時期を乗り越えて冬に向かうまでに新型インフルエンザウイルスたちは4ヶ月以上の余裕を与えられているわけです。その間に、毒性が強まったウイルスに変化するかも知れないという警告が成されています。そして、それもあり得ない話ではないのです。
ですから、私たちは、自分で自分を守る必要があります。ウイルスと戦うのは、実は薬ではなくて自分の身体にある免疫機能ですから、その働きをいつも正常に、できればさらに高めておくことが重要です。
タミフルは、いざというときの戦力になるものの、最終的にウイルスにうち勝つのはあくまでも自分の身体です。きちんとした栄養と休息をとって、風邪を引きにくい体を作っておくこと。あたりまえですが、それしかないのです。
インフルエンザにあまり神経質になって運動もしないようになっては、元も子もない。
ビタミンCを1日1グラムとってしっかり運動して、食ってよく寝て・・・
当たり前ですが、そこまでやったら、あとはドーンと構えることだと思うのです。
もちろん、手荒い、うがい、人混みではマスク、は正しい選択です。
怖がらないで行きましょう。
===補足===
追加の確認質問について補足します。
既に述べたように、恐れなくてはならないのはインフルエンザウイルスの変異を促進してしまう環境を作ってしまうことで、その一つが不用意なタミフルの使用であるということは、否定できません。
MRSA感染で既に話題になっているように、細菌では抗生物質の無意味な使用によって、耐性菌の変異を促し、結果として従来の抗生物質が効かない耐性菌を病院内で生み出してしまうという本末転倒なことが起こってきました。
したがって、タミフル耐性ウイルスが発生する仕組みが、ウイルス自身の単独突然変異であれ、重複感染(性質の異なるウイルスの二重感染)で発生する遺伝子交換による変異であれ、その土壌を作ってしまうという意味では、必須ではない状況でたくさんの人がタミフルを服用することが悪い結果につながる危険性をもっていることは、明らかです。
そういう意味で、統括管理する義務のある厚生労働省が、タミフルの使用についてきちんとした見解を出さずに、医療機関任せにしていることが、一番大きな過ちであると思っています。